禅寺で習う茶道―「お免状」の意味を考える。 New!

こんにちは。花祭窯おかみ&アートエデュケーターふじゆりです。

福岡博多の禅寺・円覚寺に伝わる茶道に入門して、十数年が経ちました。禅寺で習う茶道は、修行のひとつとしてのお茶=禅茶。ここにも茶道流派につきものの「お免状」による段階付けはありますが、比較的少なくフラットに感じられるのが、魅力のひとつです。

入門して間もないころ、師匠である和尚様に「お免状は要らないのですが」とお尋ねしたことがありました。花祭窯のおかみとして、仕事で必要な礼儀作法・知識としてお茶を学びたいというのが、そもそもの入門動機でしたので、お免状は必要無いと。そんなわたしに対する和尚様のお返事は、ニッコリと笑って「ちゃんと順番があるんですよ」というものでした。そのときは、和尚様がおっしゃったことの意味を深く考えることなく、お茶の世界ではお免状の仕組みによって向上を目指すのが当たり前なのかも、と勝手な解釈をしていました。

それから十年以上が経ち、和尚様のおっしゃった「ちゃんと順番があるんですよ」には、深い意味があると思うようになりました。先生方・先輩方が、右も左もわからなかったわたしにお稽古をつけてくださり、助けてくださったように、わたしもまた相応のお稽古を積んだ暁には、後進の方々にできる限りのお手伝いをすることが勤めである、と、今は理解しています。そうして振り返ると、わたしの「お免状は要らない」発言は、なんとも自分勝手なものでした。未熟ながらも少しでもできることがあるならば、お返しして行くべきもの。また、そこにお免状という導(しるべ)があるからこそ、お稽古に道筋できると、少しづつ実感するようになってきました。

ただこれも、あくまでも現時点でのわたしの理解です。これから先もお稽古を重ね、さらに十年後には、まったく別の解釈に辿り着いているかもしれません。お免状は道標のひとつではあるけれどゴールではなく、そもそも茶道修業にゴールはありません。なんてことを思いながら、お稽古に通う今日この頃です。


花祭窯おかみ・ふじゆり(藤吉有里)

「古伊万里」の名で知られる肥前磁器の伝統工芸文化、技術を基にした窯元「花祭窯」のお内儀。おかみとして窯を支えつつ、自らもアートエデュケーターとしてMeet Me at Artを主宰する。

花祭窯(はなまつりがま)
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