その21「書き初め」

こんにちは。花祭窯おかみ・ふじゆりです。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

睦月二日は花祭窯の恒例行事「書き初め」の日です。パソコンのキーボードやスマホの画面で文字を「打つ」「入れる」のがスタンダードになってきた昨今にあって、書き初めは身体的な活動だと感じるようになってきました。筆を手に持ち、姿勢を正して半紙に向かい、字の形を確認しながら、手・腕の動きを意識しつつ、納得するまで文字を書く。そして書き終われば達成感があって、すっきり…ある意味スポーツ競技にも似ています。

これからスタートする一年に向かって書くべき文字を決めるにあたり、これまでの一年を振り返ってみました。
「行雲流水(こううんりゅうすい)」の書き初めでスタートした昨年は、果たして「空を行く雲のように、川を流れる水のように、自然に任せる」ことができたのかしら、と。
思いがけず「新しい生活様式」ということが言われるようになり、すべての人が変化を求められた一年でしたね。そのなかでも「ディフェンス(守り)」の変化だけではなく、「前に進む」変化もあったのではないでしょうか。わたし個人を振り返ると「タロットの勉強をはじめた」「ウォーキングをはじめた」という二大トピックがありました。どちらもなんとなく直感的にはじめたのですが、続けるほどに、これらが自分の生活に加わったことが自然に感じられるようになりつつあります。川を流れる水のようにスラスラとは参らずとも、無理なく自分のものにしていきたいな、と思います。

さて書き初め。2021年はこれまでになく長い文章にチャレンジすることにいたしました。「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷しかりけり」。先月の<日常の禅語>でもご紹介した道元禅師の詠んだ和歌です。意味もさることながら、漢字と仮名のバランスの美しさに惹かれました。毎日向かう仕事机の上に掲げて、スタートです。

<日常の禅語>本来無一物(ほんらいむいちもつ)

「日日是好日」の第2回目に、好きな言葉として一度登場した「本来無一物」。新年にあらためてご紹介いたします。
ある禅寺でのお茶会をお手伝いしたときに、お座敷のお軸に書かれていた言葉です。お寺の方にたずねたところ「そもそも人は何も持たずに生まれてきた(だから何にも執着するものでは無い)」というほどの意味だと教えていただきました。

松は松であり、梅は梅であり、わたしはわたし。あれこれと思い悩むのは、「わたし」を取り巻く現象にとらわれているから。もともと何も持たずに生まれてきたのだと思い出せば、要らぬ荷物(執着)を手放して、軽やかに前に進むことができるのかもしれません。
とはいえジタバタしながら歩んでいくのもまた、人間の愛らしさ。だからこそ、そんな日々のお伴となる「ことば」を、2021年もご紹介してまいりたいと思います。


花祭窯おかみ・ふじゆり(藤吉有里)

「古伊万里」の名で知られる肥前磁器の伝統工芸文化、技術を基にした窯元「花祭窯」のお内儀。おかみとして窯を支えつつ、自らもアートエデュケーターとしてMeet Me at Artを主宰する。

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