その16「日常の禅語」


こんにちは。花祭窯おかみ・ふじゆりです。

「オンライン〇〇」なる言い回しが一気に広がりましたね。かくいうわたし自身も、英会話レッスン、仕事上の打ち合わせ、会議への参加など、オンラインへと移行したものがいくつもありました。画面越しとはいえ顔を見て話すことの出来るありがたさ。便利な世の中になりましたね。一方で、オンラインにしてまで維持する必要を感じなかったものもあり、手放すきっかけになったものもありました。この春から夏にかけて、いろいろな面で「断捨離」の機会になったという方も少なくないのでは。

子どもに目を向けてみると、こんなことがありました。5月、外出自粛中で登校できず退屈している子どもたちを盛り上げたいと、息子が仲間とともにオンライン会議で企んでいました。知り合いの小中学生に声をかけて、オンラインでクイズ大会を開いたり、お気に入りの本を紹介し合う場を設けたり。子どもたちの適応力はすごいですね。数回の企画を成功させ、次は何をしようかという会議の最中に、メンバーの高校生の一人が「あー!もうオンライン飽きた!会って動いて遊びたい!」と大声で叫び、一同大爆笑。実際に会う、一緒に体を動かすことのありがたさ、大切さをあらためて思った瞬間でした。

十年後、二十年後、三十年後に、今のこの時期を振り返って、どう語ることができるか。大きな変化のなかで、自分にとって大切なものが、よりはっきりしてきた今日この頃です。

<日常の禅語>日日是好日(にちにちこれこうじつ)
今月からスタートの「日常の禅語」。まずはやっぱりコーナータイトルの「日日是好日」から参りましょう。

今この一瞬に向き合い、精一杯生きることの大切さを説く言葉です。

実は初めて聞いたときに、なんとなく明るさを感じる「日日是好日」の言葉の響きや字面と、その意味を結びつけることが出来ませんでした。後日、この意味の背景として「嬉しいことがあった日も、悲しいことがあった日も、すべての一日がかけがえのない一日である」との説明を本で読み、わかってきたような気がしましたが、まだぼんやりとしていました。

ところがある日、お茶のお稽古中に「起こった事実(過去)は変えられないけれど、その事実への解釈はその人次第」という話が出てきたときに、突如「日日是好日」の意味と結びついてスッキリと入ってきたのでした。すなわち、振り返った時に前向きに語ることができるよう、どんな一日も大切に精一杯生きることが大切なのだ、と。辛いこと、悲しいこともあるけれど、その時を経て今の自分があることを、肯定できる人生でありたいですね。


花祭窯おかみ・ふじゆり(藤吉有里)

「古伊万里」の名で知られる肥前磁器の伝統工芸文化、技術を基にした窯元「花祭窯」のお内儀。おかみとして窯を支えつつ、自らもアートエデュケーターとしてMeet Me at Artを主宰する。

花祭窯(はなまつりがま)
ふじゆりスタイル

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