その43「くまのプーさん」

こんにちは。花祭窯おかみ・ふじゆりです。

今回は本のご紹介。少し前の「日日是好日」で「好きな小説BEST30」をご紹介しておりました。これまでの人生でのベスト30を挙げるのは、なかなかの難仕事。でも真っ先に思い浮かんだのが、「くまのプーさん」シリーズでした。

くまのプーさんといえば、ディズニーキャラクターとしてイメージする方も多いかもしれませんね。わたしにとってのプーさんは、A.A.ミルン著、石井桃子訳、そしてアーネスト.H.シェパードの挿絵による本。絵本と小説のあいだ、児童書に位置づけられるのかな、と思います。

最初の出会いは、小学校低学年の頃。登場キャラクターそれぞれの愛らしさを強烈に印象付ける、石井桃子さんの日本語訳にすっかり夢中になりました。

中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても読み続けた『くまのプーさん』と『プー横町にたった家』。社会人になり、自分でお金を稼ぐようになって最初に購入した洋書は、この2冊のペーパーバックでした。独特の日本語の世界観に惹かれたのに、あえて洋書を手に入れたのは、既に石井桃子さんの訳がすっかり頭に入っていたから。それほどに魅力的な日本語表現が満載なのでした。

どうしてそんなに夢中になったのでしょう。それは、その世界に入り込むのがとても嬉しいことだったから、と言えると思います。なにかに役立つとか興味のあるテーマだからとか、そういう「有用さ」ではまったく無く、ただその本のなかに入ると安心することが出来たのですね。

やさしく愛情いっぱいの挿絵と、独特の感性あふれる話し言葉の世界。先日「ブックディレクター」なるお仕事をなさっている方のお話を伺う機会がありましたが、「本離れ」が急激に進んでいる昨今でも、絵本の売り上げだけは伸び続けているそうです。

変化のスピードが速く刺激の多すぎる現代において、絵本は子どものためだけではなく、大人にとっても大切な避難場所となっているのかも知れません。

<日常の禅語>禅は無道徳であっても、無芸術ではありえない。

鈴木大拙『禅と日本文化』(北川桃雄訳)からの言葉です。鈴木大拙は1870年生まれの「禅」の導師。海外での講演や英語での著作が多数あり、その代表作からの言葉です。

禅は道徳(morals)とは結び付かず、芸術(art)と結びつく、とおしゃっています。その言葉の意図は今のわたしにはわかりません。わからないながらも、自分の知識・経験から紐づけできる範囲で考えてみたいと思います。

ひとつ確かなこととして分かっているのは、「禅」を端緒とした芸術作品が、世の中にたくさんあるということ。例えば、禅僧・仙厓(せんがい)和尚の描いた書画が、今では芸術的価値を高く評価されている例などは、とてもわかりやすく結びついています(出光美術館のコレクションが有名です)。

また古今東西、芸術家は作品を生み出すのに、意識的無意識的に「観察」力を磨いてきました。その観察は外側に向かうだけでなく、自らの内側にも向かいます。そういえば禅僧のなかにも「内観」を説いた方がありました。

禅で言う内観は、ふつうの観察とは異なるのだろうとは思いますが、それでも「観察」という共通点。

もしかしたら、芸術を日常に持ち込むことは、禅的な考え方を日常に落とし込むことにつながるのかもしれません。この文章を書きながらの閃きに、ちょっぴり嬉しくなっています。


花祭窯おかみ・ふじゆり(藤吉有里)

「古伊万里」の名で知られる肥前磁器の伝統工芸文化、技術を基にした窯元「花祭窯」のお内儀。おかみとして窯を支えつつ、自らもアートエデュケーターとしてMeet Me at Artを主宰する。

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